東京から特急で80分。秩父の山あいに、世界のオークションを賑わせる小さな蒸溜所があります。ベンチャーウイスキーの秩父蒸溜所——「イチローズモルト」の家です。日本のクラフトウイスキーの総本山となったこの場所の現在を見てみましょう。

01 秩父蒸溜所 — 小ささを武器にした設計

2008年に稼働した秩父蒸溜所は、あえて小さく造られました。小ぶりなポットスチル、ミズナラ材の発酵槽(世界でも稀)、手作業中心の少人数体制——大手の効率とは正反対の「目の届く規模」が、実験の速度と品質の密度を生みます。羽生の在庫(カードシリーズの伝説は歴史コラムで)から始まった物語は、いまや秩父自身の原酒が世界の品評会で受賞を重ねる段階へ。2019年には規模を拡大した第2蒸溜所も稼働し、伝説は生産力を手に入れつつあります。

02 関東の広がり

関東圏には他にも動きがあります。老舗の流れでは、地ウイスキーの歴史を持つ蔵の再始動や、群馬・栃木・千葉での新規プロジェクトなど、首都圏近郊の蒸溜所は増加傾向。消費地に近いことは見学者を呼びやすいことでもあり、「行ける蒸溜所」としての強みがあります。秩父が敷いた「小さくても世界へ」のレールを、後続がどう走るか——関東は日本のクラフトの実験区です。

03 家での秩父

現実的な話をすると、イチローズモルトの限定品は入手困難ですが、定番の「ホワイトラベル(モルト&グレーン)」は流通しており、ハイボールで気軽に秩父の設計思想に触れられます。バーで「クラシカルエディション」や秩父のシングルカスクに出会えたら、それは良い夜。武甲山の石灰岩が濾した水と、ミズナラの桶の記憶を、一口の中に探してみてください。