ウイスキーの発酵は、酵母だけの独り舞台ではありません。酵母が糖を食べ尽くした後、舞台の袖から別の微生物——乳酸菌——が登場します。この「第二の発酵」が、酒に酸と複雑さを加える。発酵槽の中で繰り広げられる、微生物のリレーを覗いてみましょう。
01 第一走者 — 酵母の主発酵
発酵の前半は、酵母の独壇場です。酵母が糖をアルコールと炭酸ガスに変え、同時にフルーティな香味(エステル)を生む(酵母の記事参照)。この主発酵は数十時間で糖を消費し尽くします。ここで発酵を止めて蒸溜すれば、酵母由来のクリーンでフルーティな性格の酒になる——短時間発酵の蒸溜所はこのタイミングで次工程へ進みます。しかし、あえてさらに待つ蒸溜所がある。そこから第二の物語が始まります。
02 コントロールという技術
この微生物のリレーは、諸刃の剣でもあります。適度な乳酸菌の働きは複雑さを生みますが、過剰だったり雑菌が混入したりすると、好ましくない酸敗や異臭につながる。だから発酵の管理——温度、時間、槽の衛生——が重要になります。「複雑さを取りに行くが、暴走はさせない」という繊細なコントロールが、発酵の技術。バーボンのサワーマッシュ製法(前回のもろみを加えて乳酸環境を安定させる・専用用語あり)も、この微生物環境を管理する知恵の一つです。
03 飲み手の視点
この微生物のリレーを知ると、「複雑さ」という言葉の中身が具体的になります。ウイスキーの爽やかな酸や、単純な果実味を超えた奥行きの一部は、酵母の後に働いた乳酸菌の仕事かもしれない——そう思うと、発酵という工程が、ワインやチーズや漬物と同じ「微生物の芸術」であることが実感できます。一杯のウイスキーは、目に見えない小さな生き物たちの、数日間にわたるリレーの成果。その走者たちに、静かに拍手を送りたくなります。